幸せってなんだろう?“幸せの基準”

2019年4月8日

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私がサービス業を仕事としてやっていく中で、サービスについての考え方などについて、以前からセミナー等で勉強、お会いさせていただいてる、私にとってのサービスの師匠(と私が勝手に思っているだけですが)で、高萩徳宗さんという方がいらっしゃいます。

障害を持っている方やなんらかの理由で旅行がなかなかできないお客様のために、お客様各々に合った旅行を提供する旅行会社「ベルテンポ・トラベル・アンドコンサルタンツ」を経営されています。

また、テレビ出演、講演、著書も何冊か出版されていますが、その高萩さんのメールマガジンの中で、紹介したい話がありますので、長文ですがその一部を転載したいと思います。


●幸せの基準

こんにちは、高萩徳宗です。

先週、サンケイ新聞1面で塩爺のコラムを興味深く読みました。(塩爺=塩川正十郎氏)
塩爺は「今の日本には補うと言う精神が欠けている」と言います。

補う、それは恐らく日本がもっとも得意としていた精神。
誰かが足りていなければ、誰かがそれを当然のように補う。

私は田舎で育ちましたから、日常的にそのような光景が見られ、それが「田舎」つまりは日本の象徴だと感じながら育ちました。
良くも悪くもおせっかいだし、親切でもあります。

都会で生活するようになって数十年。
その便利さと引き換えに「心」をすり減らしながら生きています。
都会は便利です。本当に便利。
情報も商品もサービスも、必要なものは何でも手に入ります。
ひと肌の暖かさ以外は。

私だけなのかも知れませんが、大都会東京に住むものの知恵として五感に蓋をして「余計なことを感じない」ようにする能力を自然と備えるようになりました。
余計なことをその都度感じていると「疲れてしまう」のです。
さまざまなことに無関心になるよう、脳みそを思考停止させます。

ホームでうずくまっている人がいても、誰も声をかけない。
ラッシュの電車でプライバシー度ゼロでも、その事を何とも思わない。
これじゃいけないと思いながら、そうしないと大都会ではとても生きていけない。

でもやっぱり田舎者には、東京の生活は疲れるのです。
何かと無理しているのです。

そんな時、

ひょんなことから昨年の3月にブータンに行く幸運に恵まれました。
ブータン、どこにあるか判りますか。
私もほとんど予備知識がないまま、お客様と共にバンコクを経由して、ドゥック航空と言うブータン国営航空に乗ってパロ空港に降り立ちました。

驚きました。
何に驚いたか?
色々なことに驚いたのですが、空港に降り立っての最初の印象は「桃源郷」。

黒沢明の映画の世界でした。夢っていう映画、ご存知ですか。
まさにあの世界。地球から離れて、どこかの星に来てしまったような。
ヒマラヤの小国ブータンが独自にスローガンとして打ち出している理念として国民総幸福があります。

確か現在の日本国の理念?は「最小不幸社会」。
なんじゃそりゃ。
一国の総理が「出来るだけ不幸にならないような、不幸が最小限で済む社会を作る」と言うのですから、誇りもなにもあったものではありません。
選んじゃったのは私たちですが。
(私は1票入れてないけど)

日本が桃源郷である必要はありませんが、誇れる社会ではありたいです。
でもどうして「最小不幸社会」などと記者会見で言ってしまう前に誰が周囲の人が「そりゃ、いくらなんでも日本語がおかしい」と止めてあげなかったのでしょう。

日本の話は横に置いて置きます。
ブータンの話でした。
ブータンで提唱しているのが、GDPのような経済発展を数値化するのではなく、心の豊かさを重視しようという考え方です。

そして、

ブータン国民の実に97%が「自分は幸せだ」と答えると言うのです。
確かにこの国を旅していると、街を歩く人、働く人がみなニコニコしています。
旅の仲間が誰かれ構わず「あなたは幸せですか?」と聞くのですが、誰もが「もちろん幸せです」と答えるのです。

ブータンは経済的には決して豊かな国ではありませんが、国民の心の中には何か1本、軸の通った「確かなモノ」があるのだと感じました。
旅の後半、ブータンの方々と交流させて頂く機会を作り私たちは再度、聞きました。

「どうしてあなた方は幸福だと胸を張っておっしゃるのですか?
先進国の経済発展を羨ましいと思いませんか?」と。

答えはすぐに返って来ました。

「先進国が羨ましいと思ったことなど一度もありません。
私はシンガポールにもアメリカにも日本にも行ったことがあります。
でもブータンがいちばんです。
この国には助け合いの精神があります。
お腹がすけば食事を提供してくれるご近所さんがいます。
お金など持っていなくても私たちは暮らせるのです。

日本に行って驚いたことがあります。
なぜあなた達はあんなに遅くまで残業をしているのですか。
誰の為にですか。
家族と過ごす時間がなくて幸せですか。
私たちには理解できません。」

私たち日本人は何かを犠牲にすることで、何かを得ようともがいています。
ブータンの人が指摘するように私たちが犠牲にしているものは「家族との時間」かも知れませんし、「自分のアイデンティティ」かも知れませんし「精神の安定」かも知れません。

それらの自己犠牲と引き換えに「得るもの」は何なのでしょうか。

給料?
物質的豊かさ?
名誉?
権威?
最新鋭のスマートフォン?
家族の晩ご飯代?

私は日本の現状をことさら卑下する必要はないと思っています。
しかし、少なくない私たちの仲間は精神的に追いつめられ、体を壊し、家族との大切な時間や自分の精神の安定を犠牲にした上に、社会からも弾き出されてしまうのはおかしいと感じる「正常な神経」は持っておくべきです。

働きすぎているのがいけないのではなく、誇りとか、大切なものはなにかと言う、当たり前のことを「考えるゆとり」すら亡くしていることが大きな問題です。
これは社会がなんとかするとか、政治家に陳情するようなことではなく、私たちひとりひとりが、「これからどう生きるか、いかに生きるか」を考え、しっかりと自分に向き合って行くことに尽きるのではないでしょうか。
その答えが、もしかしたらブータンにあるのではないか。
そう考えて、今年もお客様とブータンにご一緒させていただきます。


つい最近も私の会社員時代の同僚(同じ部署で一緒に働いていた)が、うつ病で会社をずっと休んでいるという噂を聞きました。
また、仕事上のストレスなどから、うつ病にかかって苦しんでいる方が多くいます。

そういう話を見聞きしていると、「幸せって、なんだろう?」と考えてしまいます。

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この記事を書いた人

田中健司
仕事や育児等で忙しく、時間がない方に代わって、お掃除や洗濯、片づけなどの日常家事を代行する「家事代行サービス」の仕事を千葉県でしています。

会社員時代は、エンジニア。
その後、まったく真逆のアナログな仕事”家事代行”で独立。

そんな家事代行の仕事を通じて、感じたことやプライベートで感じたこと等を書いています。

家事代行サービス コンセント
https://www.kajidaikou-service.com/
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