何かが失われている「木村拓哉、いじめ問題に言及。」より

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ここのところ、なにかと話題のいじめ問題
大津市の事件を始め、連日のように報道されています。
いじめ自体は、特にここ最近始まったことでなく、昔からもありましたが、ここ数年感じるのが、以前に比べ、内容が陰湿、エスカレートしてきてるということ。
また、子供たちの世界の話だけでなく、大人の世界、職場などでも、いじめは存在します。
そんな中、こんな記事を見つけました。
「“いじり”と“いじめ”は紙一重」 木村拓哉、いじめ問題に言及。
http://japan.techinsight.jp/2012/07/kimuratakuya-ijimemondai-radio20120727.html
この中で、キムタクがこんなことを言ってます・・・・
「僕が学生の頃も“いじめ”はあったが、死と直結することはなかった」
「あの頃は先生のゲンコツや平手打ち、まわし蹴りとかもあったけど良かったこともあったかも。今はそれも無いし、何かが失われている」

たしかに暴力はよくないですが、今は生徒をちょっと叱ったり、手を挙げただけで、ごちゃごちゃいう親がいますし、なかなか難しいのですが、叱る、時には手を挙げることも今は必要かと。
(まあ、これは賛否両論あるのは、承知しています)
それにしても、この前の大津市のように、教師が見て見ぬふりするのは、ある意味、先生のゲンコツや平手打ち以上にツライことだと思います。
そんなんなら、まだ先生から殴られるほうがいいと思ってしまいます。
キムタクが言うように、何かが失われてると言わざるを得ませんね。
ただ、教師や親に頼っても解決しない。実際に関わる生徒自身が考えて解決するしかない。
というのも悲しすぎる気もします。
もちろん、生徒同士で考えることは必要です。
しかし、大人に頼ってもしょうがないと思わせるとしたら、大人の責任放棄以外のなにものでもないとも思います。

この記事を書いた人

田中健司
仕事や育児等で忙しく、時間がない方に代わって、お掃除や洗濯、片づけなどの日常家事を代行する「家事代行サービス」の仕事を千葉県でしています。

会社員時代は、エンジニア。
その後、まったく真逆のアナログな仕事”家事代行”で独立。

そんな家事代行の仕事を通じて、感じたことやプライベートで感じたこと等を書いています。

家事代行サービス コンセント
https://www.kajidaikou-service.com/
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