先日ネットで見つけた以下の河合薫さんのメルマガからの一部抜粋を読みました。
「三つ子虐待死事件。減刑署名に猛反対の母親たちに見る日本の闇」
https://www.mag2.com/p/news/393135/2
不妊治療の末授かった生後11カ月の三つ子の次男を、いわゆる「育児ノイローゼ」状態に陥っていたとみられる母親が虐待死させた事件。被告の責任能力を認めた名古屋地裁の実刑判決に対する減刑を求める署名活動も話題となっていますが、その動き自体に異を唱える「母親」たちからメッセージを受け取った、というのは健康社会学者の河合薫さん。
事件の概要は、寝かせていた次男が泣き始めたところ、母親は気分が悪くなり、次男を畳の上に投げ落とし、その結果、搬送先の病院で亡くなったということです。
そして、この亡くなった子は三つ子で、不妊治療の末に生まれた子のようです。
おそらく、母親は育児ノイローゼだったと思いますが、不妊治療して、やっと授かった子だったのでしょう。
それだけに残念というか、悲しく、やりきれない気持ちになってしまう事件です。
そして、この事件で、母親の実刑判決の減刑を求める署名活動に「母親に反対するのは間違い」と反対する人が出てきたようです。
反対するのは、同じ立場の母親たち
その反対する人が、同じ立場の母親たちからだったそうです。
これには、私自身、ちょっと驚きでした。
そして、反対する理由のひとつが、
本当に育児は大変で、母親たちはみなギリギリの状況で子育てをしている。
心も体も疲弊し、それでも「我が子」のために歯を食いしばって子育てしている。
「子どもさえいなければ」という感情に襲われることもある。そんな状況下でも理性を取り戻し、「私、なんてことを考えてしまったんだろう」と反省し、子供に寄り添っている。
なのに、その「一線を超え子に手をかけてしまった母親」と「今も苦労して頑張っている母親」を同じ天秤にかけるのはおかしい―――。
というものだったそうです。
うーん、この反対している人たちの気持ちもわかります。
どうして私たちはがんばっているのに、がんばれなかった母親がなんで同情されなきゃならないの?と言いたいのかもしれません。
これは、どっちがいい、どっちがダメという問題ではありません。
難しい問題です。
育児ノイローゼのママは外からは気づかれにくい
私も仕事柄、育児中のママさんから仕事を依頼していただき、お会いすることがありますが、ホントにノイローゼになってるママは少なからずいます。
見るからに、もういっぱい、いっぱいでちょっと病んでるなあと感じる方もいます。
なんとかできないかなあと思いますし、こうなってしまう前に気持ちをわかってもらえる人、話せる人が身近にいれば、また違うんじゃないかと思ったりすることもあります。
しかし、こういったノイローゼの人たちは、なかなかその存在に気づかれにくいのも確かです。
そういった状態に陥ってしまうと、人と会うのが億劫になったり、外にもなかなか出ないようになります。
ですから、外からは、ますます気がつかれにくくなってしまいます。
私たちは家事の代行が仕事なので、仕事を依頼され、ご自宅に訪問できれば、ついでに話を聞くくらいのことはできます。
かといって、頼まれてもいないのに、勝手にズカズカ相手の家、心に踏み込むわけにはいきません。
そうやって考えると、こういった育児中でいっぱい、いっぱいになっているママたちが少しでも気晴らしできるような取り組み、地域のつながりがとても必要な時代だと感じます。
昔のように何世代が同居している時代とは家庭、育児環境も変わってきているので、なおさら、そういった取り組みは必要だと思います。
少しでもこういった被害に合う子供が減り、悲しい事件を繰り返さないために….
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